06 秘密の関係


西日を遮光用の黒いカーテンで遮って、たった三畳の生徒会室脇の社会科資料室は夜になる。
生徒会室は月に一度の会議がなければ放置状態で、反対側のトイレは教室から離れているから誰も入りに来ない。だから、多少の声が漏れたとしても、さして問題はないのだ。
この場所を見つけたのは桃だった。郷土研究会で資料を探していると顧問の教師に訴えたところ、そういえば、と案内されて埃臭い資料室に足を踏み入れた。
社会科資料室と銘打ってはあるが、今はもう使っていない教材が置かれているだけの物置だ。鍵は郷土研究会の部長である桃に渡されっ放しであった。
面白いから、と言って誘ったのは真鶴の方。桃は嫌だと反論したけれど、強引に押されると弱かった。

「シャツ、とらないで」

ボタンを外されかけて、桃が抵抗した。大人しく手を止めた真鶴が、桃を見上げた。

「なんで」

「やなんだよ、しわになるの」

呆れたのか溜息をついて、真鶴はシャツから手を放した。それから、桃のベルトを引き抜いて、中に手を滑り込ませる。触れられる感覚に一瞬びくりと震えたが、すぐに慣れていった。
互いの肩に頭を乗せ合うと、静かな息遣いがかすかに聞こえてくる。シャツからは煙草の匂い。制服で吸うなとあれほど言ったのに、真鶴は聞きやしない。
そんなに我慢できないものなのだろうか。煙草なんて、不味いし、臭いし、百害あって一利なしだ。
煙草は嫌いだったが、真鶴の匂いと混じった煙草の少し苦い香りは、今はもうそんなに嫌いではなかった。慣れ、って怖い。
最初はただの興味本位で、男同士のセックスへの好奇心だけだった。どんな感じなのだろう、と経験しておいても悪くはない、といったものだ。
それが、慣れると真鶴に触られるのも、入れられるのも、快感へと変わってきた。お互いに欲求不満のはけ口としてこの行為を求める。こんなのは愛じゃない。

「ゴムつけろよ」

「はいはい」

ポケットから取り出したそれを真鶴は噛んで抑えて、片手で引き千切って器用に封を切った。切れ端をぺっ、と吐き出して、

「注文多いんだよ、お前」

だるそうに言う。
真鶴との関係は、年が明けた頃からなので、だいたい三ヶ月ぐらい続いている。
ほとんど学校に来ていなかったらしい真鶴が、今後のことについて学校から呼び出されていたときだった。今後のこと、とは学校を辞めるか、留年してもう一年通うか、ということだ。
どうしてそんなことになるまで学校に来なかったのか桃には不思議だったが、真鶴本人はかったるかったから、のひとことで片付けてしまう。あまり休んでいたときのことは話そうとしなかったので、それ以上の理由は桃には判らない。
初見は雪が降り出しそうな寒い日の放課後、旧校舎の二階トイレで。
よりにもよって真鶴は煙草を吸っていた。
目撃した時は露骨に嫌そうな顔をしていたと思うが、先生にしゃべらなかったのが気に入られたのか、それからちょくちょく顔を会わせるようになった。
言葉を交わすまでに時間はあまりいらなかった。

「清水芽吹」

幼なじみの名前を不意に呟かれて、桃は眉間にしわを寄せた。コンタクトレンズの入っていない視界はぼんやりと滲んで、真鶴の横顔の輪郭もうまく捉えられなかった。
真鶴の視線は天井を向いているのか、どこでもない宙を彷徨っているのか判らなかったけれど、その声は何かを思い出しているような感じに聞こえた。

「あいつ、カノジョとかいんの?」

「・・・なんで」

芽吹をどうしようというのだ、と睨んでいると、真鶴は悪意のない顔で桃の方に振り向いた。

「首の裏側、痕ついてたから」

大きな声が出そうになって、桃はそれを押しとどめた。芽吹が省助とそういう付き合いがあるということは知っていたが、その情報は生々しすぎる。
なんでそんなこと知っているのだ、と問いただそうとして先に答えられた。

「覗かなきゃ見えない位置だけど。俺あいつの後ろの席だから見えんだよね、プリント回すときとか」

「あ、そう」

冷静に答えてはみたものの、内心ではひどく動揺していた。あの芽吹である。判っていても驚く。
省助がこの町に帰ってきてからの芽吹は、本当に嬉しそうで、これでもか、というくらい省助中心の生活だった。省助に誘われれば会いに行き、省助が疲れていれば気をきかせて大人しくしていた。
日常の会話にも省助のことが出てくる回数が多くなっていって、本人は無自覚かもしれないが、傍目から見ても芽吹の省助好きは一目瞭然だった。
一緒に幼稚園に通っていた頃からの仲だったのに、芽吹は省助のところへ行ってしまったのか、と思うと少し寂しかった。

「付き合ってる奴、いるよ。だから余計なことすんなよ」

自分みたいに、興味本位で近付いてとんでもないことになったらかなわない。芽吹はこのことは知らないし、真鶴に好感を持っているようだったから尚更だ。
それを判っていて、真鶴は意地の悪い笑みを浮かべた。

「余計なことってなに」

面白半分に聞かれて、桃は眉間に皺を寄せた。ぼやけた視界ではあるが、真鶴の嫌な笑みは見える。はっきりと。
判っているはずなのに聞き返すところが、嫌な性格をしている。

「芽吹きには言うなよ、俺たちのこと」

「あいつには秘密な訳?」

芽吹に、というところをひどく強調されたような気がして、桃は真鶴を睨んだ。

「芽吹じゃなくても秘密だよ。言えるか、こんな関係」

別に芽吹だけに知られたくないわけではない。誰にも、絶対に、言えはしない。
それを判っているのかいないのか、真鶴はふうん、と面白そうに呟いて笑っているだけだった。
まるで、その秘密を愉しんでいるように。

<了>

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